北朝鮮の食糧難の現状
●北朝鮮の農業は容易に克服できない困難に直面してきた
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)では、1990年代始めまでの東西冷戦の終了後、旧ソ連や東欧諸国との貿易など、それまでの経済関係が失われてしまい、経済の停滞と衰退が起こりはじめました。
そこに、1995年から97年にかけて、100年に一度くらいといわれた大規模な洪水やそれに続く干ばつや台風などの自然災害が発生し、農業が壊滅的な打撃を受けてしまったのです。この間、北朝鮮の穀物生産、特にトウモロコシの生産が激減した様子は、図1からよくわかります。

出典:
FAO(国連食糧農業機構)およびWFP(国連世界食糧計画)『朝鮮民主主義人民共和国の作物収穫と食糧供給に関する特別報告書』(2001年10月26日)figure
4 から作成。
ではなぜ、すぐにでも農業を復興させて食糧生産をもとの水準くらいまで回復できないのでしょうか?
北朝鮮の国土は大半が山地地域で、朝鮮半島でも南の韓国に比べてもともと農地はさほど多くはありません。したがって、朝鮮半島が分断されたのち、北朝鮮では農地の少なさを補ってその人口に見合うよう出来るだけ多くの食糧を生産しようとしてきたようです。しかし、国際関係の変化や自然災害をきっかけに、もはやそうした農業を簡単に再建することが困難になってしまったのです。その辺りの事情が詳しく述べられた国連の報告書から引用してみましょう。
「朝鮮民主主義人民共和国における農業は、協同農場、国営農場として組織され、歴史的には主に稲とトウモロコシに関心が注がれてきた。食糧自給を果たすために農業の近代化が追求され、4つの主な増産要因、@灌漑整備、A電化、B化学化(肥料・殺虫剤・除草剤など)、C機械化に重点がおかれてきた。70年代および80年代初頭には高水準の成功が得られた。…まったく当然なことに、こうした人工の投入物に強く依存する農業は、ひとたび資源の制約から、もはや高い投入水準を維持できなくなれば、収穫の低減が起こりはじめる。その上、近年の洪水、干ばつ、極度の寒冷つづきで、それまでの農業システムの混乱と崩壊、そして、生産の激減が引き起こされたのだった。」
「現地調査と聞き取り調査の際、調査団は肥料不足が食糧生産にとって最も深刻な問題になっていると判った。朝鮮民主主義人民共和国にある3つの肥料工場全体でかつて窒素肥料40万トン以上を生産し、それで肥料の自給には十分だった。しかし、設備の老朽化、不充分なメンテナンス、予備部品や原料の不足、そして、何より燃料の不足によって、これらの工場の操業率は現在ひどく落ち込んでいる。」
「この国の灌漑システムにおいてはエネルギーが決定的な要素である。主要な水路と溜池にポンプで水を流し込まなければならないが、使える燃料が減りつつある。そのうえ、自然災害で水路とポンプ場がどこもひどい状態になっている。」
「高度に機械化されていた朝鮮民主主義人民共和国の農業は、農業機械や農機具の動力のおよそ5分の4が老朽化し、部品や燃料の不足でそれら農業機械が使えないために深刻な制約に直面している。現地調査の間、調査団はたくさんのトラクター、田植え機、トラック、その他農業機械が使われないか、使えないで放置してあるのに気付いた。」
(以上の引用はいずれも、上記FAOおよびWFPによる『朝鮮民主主義人民共和国の作物収穫と食糧供給に関する特別報告書』(1998年11月12日付)より。)
上の引用文で述べられている問題のうち、だんだん肥料不足になってきた様子については、下の図2からよくわかります。

出典:図1に同じ。(figure
2)
そこで、国連は、1999年11月に「北朝鮮で何が起こっているのか?」と題して、次のような声明を発表しました。
「朝鮮民主主義人民共和国における人道的な危機は、工業が優勢だったこの国を深刻な工業停滞に至らせた、旧ソ連と東欧社会主義圏との同国の歴史的な交易関係の終焉の結果である。工業生産と輸出収益の低下は、やがて工業化された農業部門に影響を及ぼし、一連の自然災害とあいまって食糧安全保障の面で予期せぬ深刻な事態をもたらす結果となった。」
(国連人道支援局(OCHA)『朝鮮民主主義人民共和国への2000年度援助のための合同要請点描』(1999年11月22日)より。)
●子どもたちの栄養状態が食糧難の実態をいちばんよく表している
こうした農業の困難=食糧生産の低迷が、北朝鮮に深刻な食糧難をもたらしてきました。そして、諸外国では、数年におよぶ飢饉で多くの人々の生命が犠牲になっただろうと言われてきました。けれども、その実態は定かではありません。この点について、1998年12月10日付のニューヨーク・タイムズの記事では次のように述べられました。
「飢餓に関係した死亡の問題を調査できた援助団体はない。…だが、たいていの専門家らは、おそらく100万人以上が、ことによると300万人もの人々が食糧不足が始まって以来、早死にしたのではないかという見方で一致している。しかし、公衆衛生の専門家によると、いずれにせよ死亡者数を勘定するのは難しい。なぜなら、たいていの死因は、おそらく急激な飢餓からではなく何年かの飢えのために免疫力が弱まるせいであり、その結果、普通の風邪でもごく簡単に重症の肺炎になってしまうし、また通常の伝染性の下痢患いが致命的になってしまうからだ。」
北朝鮮の食糧難の実態を垣間見させる最も客観的な情報は、北朝鮮政府、および、ユニセフ、WFP(国連世界食糧計画)、それに、欧州連合からの合同調査団によって1998年11月に北朝鮮全国で行なわれた栄養調査の結果です。この栄養調査は、北朝鮮で国際機関などが協力して実施し、その結果が公表された初めての科学的な実態調査であり、生後6ヶ月から7歳までの子ども達を対象とした調査でした。
それによると、全体の16パーセントの子どもが急性の栄養失調でひどく衰弱しており、62パーセントもの子ども達が多かれ少なかれ発育不良(慢性の栄養失調)だということが判明しました。(『朝鮮民主主義人民共和国政府と共同して行なわれた欧州連合、ユニセフ、世界食糧計画による栄養調査の報告書』(1998年11月)参照。)
この栄養調査では、ユニセフなどが採用している測定方法にしたがって測られた子ども達の年齢ごとの身長や体重をもとに栄養失調の罹患率が推定されました。そこで、全体で62パーセントと判定された子ども達の発育不良の状況とは、別の言い方をすれば、もし北朝鮮の7歳以下の子ども達が普通に食事をとって成長していれば、1000人のうち5人くらいしかいないほどの稀なケースの、うんと低い身長が、現在の北朝鮮の子ども達の平均身長だ、というものでした。
こうした調査結果を踏まえて、栄養調査の報告書はその末尾で、「子ども達の人口全体が危機にさらされていることを告発している」と結びました。また、先にふれたニューヨーク・タイムズの記事は、「北朝鮮の子ども達の世代は、すでに一生の傷を負っている。私たちは、さらに深刻な大惨事になるのを防ぐために資源を動員しつづけなければならない」という、アストリッド・ハイバーグ国際赤十字連盟総裁の談話を載せました。
●国際社会は人道的食糧支援を続けている
こうした状況を受けて、1990年代の後半から今日に至るまで、国際社会は北朝鮮に対する人道支援を続けてきました。北朝鮮の食糧難の問題は、現在の世界の最も大きな人道問題のひとつであり、北朝鮮が自国だけでは対処できないくらい大きな困難が続いてきたと見なされているのです。
2002年現在で北朝鮮の人口は、約2350万人と推計されています。この人口の人々全体の食糧として必要な穀物の量は、ぎりぎりの最低量でも501万トンと見積もられています。けれども、先の図1からわかるように、2001年秋の穀物収穫量は354万トンしかありません。差し引き147万トンが不足しています。
こうした食糧不足があっても、北朝鮮は食糧を商業輸入するための外貨を十分稼ぎ出すことが出来ないでいます。自国の経済的停滞にくわえて、北朝鮮を取り巻く今日の国際関係の中でのさまざまな政治的要因などが、それを妨げているからです。
けれども、人間の日々の食生活に「待った」はありません。食糧の不足を放置すれば、たちまち大きな飢饉となり、そうなれば、子どもや女性など最も弱い立場にある人々が真っ先に苦しむことになるのです。だからこそ、国際社会からの人道支援が何年も続けられてきたのです。
国際社会からの人道支援は、WFP、ユニセフ、国際赤十字連盟などの国際機関や、さまざまなNGOを通じて行なわれる食糧援助や医療援助などの形を取っています。特に食糧援助では、北朝鮮政府に直接援助される二国間援助をのぞき、大部分はWFPを通じて援助されています。
人道的な食糧援助は、子ども、入院患者、妊婦や授乳中の母親、それにお年寄りなど、食糧難のもとで社会的な弱者となりうる人々だけを対象にして行われています。これらの人々は、人口のおよそ3分の1にあたります。
北朝鮮に駐在するWFPの外国人職員らは、モニタリングを通じて、そうした人道的食糧援助が受益者に間違いなく届いていることをほぼ確認できると繰り返し述べています。
それでは、人道的食糧援助の受益者でない一般の人々は、どうやって食べているのでしょうか。農業に従事している人々には、必要な食糧を収穫物から優先的に配分されているようです。農業生産活動を最優先にするためです。また、軍人や主要産業の労働者たちにも優先的に配分されているようです。問題は、それら以外の一般の市民、特に都市住民の食糧事情です。これらの人々は、通常は政府からの食糧配給に頼っていますが、食糧配給が必要最低量を下回るような時期には、多少余裕のある農民たちから分けてもらって買ったり、自然の食物を探したり、何とか不足分を自力で調達しなければならなくなっているようです。
こうした社会全体におよぶ食糧難を克服するには、何よりも北朝鮮政府や北朝鮮の人々自身の努力によって、一方で農業をできるだけ復興させ、他方で商業的な食糧輸入を増やすことができるように経済を再建してゆく以外に方法はありません。
けれども、そうした北朝鮮の人々の、困難な状況の中での努力が実を結ぶようになるまでは、国際社会からの緊急の食糧援助や農業復興支援が引きつづき必要だと、国連機関やさまざまなNGOなどが呼びかけ続けているのです。(2002年7月現在)
(文責・ハンクネット・ジャパン世話人、李修二)